マイホーム詐欺未遂事件

2011.07.13

我が家は十年以上、変則的な結婚形態をとっていた。夫はウイークデイは単身で東京で暮らし、群馬にいた私とは、週末だけ赤城山のアトリエで合流する生活を続けていた。だから私たちの結婚生活は「単身赴任型」とも「半別居結婚」とも「週末結婚」とも言える状況だった。その後、私も晴れて教師をやめてフリーのイラストレーターになることができたし、息子の進路のこともあって、一家で東京暮らしを始めることになったのである。私は小心な半面、とても熱くなりやすい性格だ。ひとつのことに夢中になると、別のことがまったく見えなくなるところがあって、興味が「マイホーム」に向いていた数年前は、私にとっても夫にとっても激動の日々だったのである。東京での最初の暮らしは借家だった。たまたまあるお宅の二世帯住宅の息子さん家族が使っていた部分が借りられることになった。転勤でハワイ暮らしになった息子さん一家には、男の子がふたり、女の子がひとりいるらしく、グリーンのカーテンのかかった部屋には二段ベッドが作り付けになっており、女の子の小さな部屋にはピンクのカーテンがかかっていた。リビングにはピアノが置いてあり、大きな冷蔵庫も洗濯機も備え付けられていた。まるで私たちのために用意されたような家に、私は大満足だった。しかし、暮らし始めてしばらくすると、私は毎日のように「不動産のチラシ」を丹念にチェックし始めた。その家はとても素敵だったし、交通の便もいいし、港区南青山という静かな環境にあるのに……である。理由のひとつは家賃の高さ。一月分ならどうにか耐えられるが、一年分となるとクラクラと目まいがしそうになった。もうひとつの理由は、この家が賃貸用に作られたものでない、ということである。転勤というからには戻ってくることもあるわけで、帰国が決まった場合には半年以内に明け渡す、という契約をかわしていたからだ。その家が暮らしやすいいい家だったがゆえに、私の心は乱れた。この住環境に匹敵するマイホームを手に入れるにはどうしたらよいのだろう。もし、急に帰国が決まったら半年でどうにかなるものなのだろうか……。むこうがハワイにいるうちに、どうにかしなくちゃ……。「恋少なき女」の私は「まだ見ぬマイホーム」に恋することになった。それは絶対どこかにあるはずで、白馬の王子様のように(?)私を待っているに違いない。どうしても見つけ出さなくちゃ!